川越の歴史
川越は、奈良時代や平安時代には、みよしの里と呼ばれていた所で、この時代には力のある武士の出現により、一帯を支配され、栄えていくようになりました。
鎌倉時代や室町時代にわたって、次々とさまざまな武士が代わる代わる川越を支配することとなり、戦国時代の戦いの場ともなっていました。
このような戦いの歴史や跡などが川越の町には今もたくさん残されていて、どの場所にもその地独特の歴史がありますが、川越全体が歴史の町と呼ぶにふさわしいくらい、町のあらゆる場所に歴史の面影を見ることができる所なのです。
かといって、古いだけが川越の町なのではなく、新しさも一緒に存在することができる町であるところが川越の良いところであるといえるのです。
歴史を感じさせる江戸時代の寺院や神社、蔵造りの町並みが点在しているのはもちろんですが、大正時代に入ってから作られたモダンな建物も川越では目を引きます。
昭和や平成に入ってからの川越では、大きな商店街が整備され、全国的には商店街が廃れていく中、川越では現在も活発に商店街が機能しているのです。
川越は、元々城下町として江戸時代にはとても栄えていた町で、徳川家と縁があり、川越に今も残されている寺院や神社の中には、徳川家と深いつながりを持つところが多くあります。
また川越は水路が発達していて、舟による物資の運搬が活発であった地域でもありました。
舟による物資の運搬が盛んになったきっかけは、寛永時代に川越を襲った大火であったとされています。
大火によって、焼失した喜多院や仙波東照宮などを元の姿に再建するために、舟によって、江戸から資材を運ぶ必要が生じたので、舟便が発達したのです。
川越は、喜多院や仙波東照宮などの再建の後も、この舟便で江戸との物流を本格的に行い、江戸の反映を支えてきた町であったのです。
川越には五河岸と呼ばれる船着場がありましたが、舟による物流を整えるために、川越では江戸時代にかなりの大規模な公共工事を行ったことでよく知られています。





