布袋尊の見立寺
小江戸七福神めぐりの6番目のお寺となるのは連馨寺からほど近い見立寺で、布袋尊の場所として知られています。
見立(けんりゅう)寺は、永禄時代に創建された当初は同じ読みで漢字違いの建立寺という名称でしたが、後に現在の見立寺という名称になっています。
見立寺も、蓮馨寺と同じく、北条家の大道寺政繁が創建したお寺であるといわれていて、こちらも北条家の感誉である存貞和尚による開山であるとされています。
見立寺創建時には、蓮馨寺の門のすぐ前に位置していたようですが、現在の見立寺は、移転していて、この2つの寺の位置は少し離れています。
見立寺が移転した詳しい年代についてはよくわかっていないようです。
その理由について、見立寺は、何度もの火災に遭っていて、建物や古文書などが焼失しており、建物は明治時代に入ってから再建されていますが、古文書はほとんど残されていないのです。
見立寺は、寿昌山了心院というのが正式名称で、蓮馨寺と同様に浄土宗のお寺です。
見立寺の入口にあるのは、法然の像で、本堂前のツゲの木には、有名な石灯籠があります。
川越七福神では、見立寺は、布袋尊のお寺に当たりますが、布袋尊は、古代の中国は唐の時代に実際に禅僧として活躍していた人物であるといわれています。
布袋尊は契此という名前であったそうで、大きなお腹をしていますが、背はあまり高くはなく、小柄で、粗衣をまとって大きな袋を持っているという独特のスタイルをしています。
このお姿で、穏やかな笑みをしながら、各地を放浪して回り、立ち寄った地で吉凶を占って、福を授けて回ったのだそうです。
布袋尊は、弥勒菩薩の化身といわれたほど、崇められた禅僧であったのです。
現在の見立寺には、さまざまな塔婆とともに、貴重な阿弥陀如来坐像並藩主位牌が現存しています。
川越の七福神は、同じ七種類である秋の七草めぐりの割り当てがされていますが、この見立寺の花は、根気や努力といった花言葉を持つ葛の花となっています。





