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仙波東照宮と徳川家

川越の喜多院の境内南側にある仙波東照宮は、日本三大東照宮と呼ばれているうちの1つであり、他の東照宮は日光と久能山にあります。

仙波東照宮は、寛永時代に造られたものですが、それは徳川家康の死去という機会があってのことだったのです。

徳川家康が亡くなった後、その遺体は久能山から日光に運ばれたのですが、その途中に喜多院に立ち寄って、4日間滞在し、天海僧正によって法要が営まれました。

川越と縁が深かった徳川家康でありましたが、4日間も法要が営まれることは極めて異例なほどの長い日数でありました。

このことにより、徳川家康が日光で埋葬された後、この仙波東照宮が創建されることとなりました。

現在の仙波東照宮はその後の大火で焼失した後に、再建されているものですが、当時、仙波東照宮だけではなく、喜多院も山門以外は焼け落ちてしまっていました。

大火の後に喜多院を再建することが決まると、まず取り掛かられたのが仙波東照宮であったとされていることから、この仙波東照宮は徳川家からとても重きを置かれていた場所であるということがよくわかりますし、ここには徳川家の葵の紋が掲げられています。

仙波東照宮は、明治時代に入ると、神仏分離の考えが広まったため、一度は衰退し、昭和に入ってからの大きな台風によって破損する箇所もでてくるようになりましたが、現在はまたきれいに修復されています。

仙波東照宮の本殿はもちろん、石の鳥居や、単層入母屋造の拝殿などは、重要文化財に指定されている貴重なものです。

また仙波東照宮に保管されている文化財に、三十六歌仙絵額が国の文化財、鷹絵額が県の文化財のそれぞれがあり、指定の重要文化財となっています。

喜多院の境内にある仙波東照宮ですが、喜多院の賑やかな様子と比べると、やや静かな雰囲気があります。

仙波東照宮の本殿と拝殿の周りには、川越城の歴代城主の名前が刻まれた石灯籠が置かれていますが、このあたりも喧騒のない、落ち着いたものとなっています。

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